ウェイベル・ファミリー・ワイナリー

ストーリー

ルドルフ・ウェイベルとその息子のフレッド・E・ウェイベルは、生まれ故郷であるスイスのミュンジンゲンでワインビジネスを学び、1937 年にアメリカに渡りました。ワシントン州バンクーバーのコロンビア・ワイナリーで一年間働いたのち、1938 年にカリフォルニアのサンフランシスコへ。二人はサンフランシスコのウィリアム・テル・ホテルの地下でスパークリンク・ワインを造り始め、徐々に彼らスイス人醸造家の評判も上がっていきました。


1946 年、二人はカリフォルニアのフリーモントにある 100 エーカー(40ha) の歴史ある畑を購入する機会に恵まれました。そのミッション・サンノゼ・ヴィンヤーズはカリフォルニア州知事であったレランド・スタンフォードによって 1869 年に設立された、歴史あるワイナリーだったのです。その畑は 1923 年にスタンフォード家の後継者によって売却されたのち、約 20 年後にウェイベル家が購入しました。畑やワイナリーはかなり荒廃した状態でしたが、この歴史あるワイナリーの過去の栄光を取り戻そうと決心を固めた 2 人は、醸造設備を復活させ、65 エーカー(26ha) 分のブドウの樹の植替えをし、その後 37年働くことになったルドルフの従弟、オスカー・ハブルツェルを醸造家として迎えました。これが「ウェイベル・シャンパン・ヴィンヤーズ」の始まりです。


1990 年代に入り、町の開発によってワイナリーの敷地が宅地として必要とされている事が判明。ワイナリーは、ついに 1996 年にフリーモントの土地を離れる事になりました。ちなみにワイナリーの一部であった古い煉瓦造りの建物は、カリフォルニア歴史建造物 462 番と認定され、現在も保存されています。

 

ウェイベル家はその時々でアメリカ人に好まれるワインの味わいに敏感に反応し、1940‐50 年代には甘い酒精強化ワインを、そして 60 年代に入ると辛口のカベルネ・ソーヴィニョンやシャルドネ、ピノ・ノワール、ソーヴィニョン・ブランを造るようになりました。また 1959 年には、ハンガリー固有のブドウ品種から造られた「グリーン・ハンガリアン」と呼ばれる軽やかなワインを造り、入門者向けのワインとして一世を風靡しました。

 

フリーモントでの 50 年に渡るワイン生産を糧に、フレッド・ウェイベル Jr.はワイン生産地として大成功を収めているカリフォルニアのウッドブリッジへ移転しました。長年勤続していた従業員たちと共に、1996 年に「ウェイベル・ファミリー・ヴィンヤーズ」を設立。ウェイベル家伝統のワイン造りを続け、オスカー・ハブルツェルの息子であるゲイリー・ハブルツェルは副社長に、フレッドの継息子であるボブ・アイルランドはオペレーション・マネージャーを務めています。醸造の遺伝子はフレッドの息子ジャスティン・ウェイベルにも受け継がれ、彼はカリフォルニア大学ディヴィス校を卒業し、現在はカリフォルニアの他のワイナリーでワイン造りに取り組んでいます。


3 世代 80 年以上に渡りファイン・ワインを造り続けていたウェイベル家は、現在、社長であるフレッド・ウェイベル Jr.指揮の下、スパークリングワインの生産を中心に、企業や結婚式用等のプライベート・ラベルの生産にも力を入れ、高品質で高コストパフォーマンスのワインを造り日々成長を続けています。

生産者
概要
生産国 アメリカ
地方 カリフォルニア
アぺレーション カリフォルニア

このワイナリーからのワイン

View as